2012/09/02

「真夏の茶色い戦争」

「真夏の茶色い戦争」

「いいか、まず、安全レバーを折る」
「はい、まず、安全レバーを折る」
「パキッと音がする」
「はい、パキッと音がする」
「小型には1から2秒、大型には6から8秒」
「小型には1から2秒、大型には6から8秒」
「死んでもノズルを離すべからず」
「はい、死んでもノズルを離しません」

大将の声にあわせて僕たち隊員4人が復唱する。

右手には「アース製薬ゴキジェットプロ」左手には「ほうき」と「チリトリ」

「進めー」
「おおおおおおーーー」

「床部隊」と「壁部隊」の二手に分かれて壮絶な闘いが始まった。

「うおー、壁がうごめいている」
壁部隊の一人が悲鳴を上げる。
茶色い壁はクロスの色ではない。
テカテカ光り、かつうごめいている。
ざわざわと揺れる壁のその中心に「アース製薬ゴキジェットプロ」を遠隔射撃
直接砲撃をあびた大型の敵がぼたぼたと床に落ちてゆく。
砲撃を受けたその部分だけが丸く白くなり、本物のクロスが見えてくる。
直接砲撃を受けなかった敵は大半が逃げ惑うが、10匹ほどが空中に舞い上がり自爆攻撃を開始
そのうちの数匹が「バシッバシッ」と壁部隊のゴーグルやら服に体当たりを仕掛けてくる。
「ばかもん、ひるむな、空中戦には『便利なすき間ノズル』を使えと言っただろう」
壁部隊の隊員は慌てて「便利なすき間ノズル」をゴキジェットプロに装着
空飛ぶ敵めがけて「シュッ」「シュッ」と連射
しかし、慣れない空中戦ではなかなか敵に当たらない。
「いいか、敵は飛ぶのは速い。しかし、大きく羽を開くのでターゲットも大きくなる。狙撃のコツは進路一歩手前の空中を目掛けてすばやく打ち込め」
大将が玄関先から首だけを出してそう大声で怒鳴る。
「ラジャー」
「シュッ」
「ボタッ」
「隊長、やりました。一機撃沈」
「いいぞー、その調子だ」

さあ、僕たち「床部隊」の出陣だ。
「せーの」の掛け声とともに、何重にも積み重なった汚れた衣服の一枚をひっぺがすと、それはさながら「茶色い打ち上げ花火」
衣服の下に潜んでいた敵の塊の円が、ざざざと広がりぱーっと散ってゆく。
「うわっ」と飛び上がる床部隊
次の衣服をはがすと、またしてもざざざと円が広がりぱーっと散ってゆく。
薄汚れた衣服の上に咲く、茶色い打ち上げ花火
それはテカテカ光った三尺玉
まさに緊張の夏

「こらー、見とれるな」
「はっ」
大将の怒鳴り声で我に返る僕
「おらー」
まだ、引っぺがした衣服にしがみついている敵もろともビニール袋にがばっと突っ込む。
袋の口をしばる。
持ち上げる。
中を見る。
敵が遠心力に負けて袋の下にぽたぽた落ちてゆく。
ビニール袋の中で茶色い線香花火の世界が始まる。
ぽつっと落ちては息絶えて行く果敢に闘った敵兵たち。

そして、フローリングが、畳が全面に現れたところでシンガリ登場
「ええか、ワシは逃げ隠れしとったんと違うで、この時を待っとったんや」
顔には旧日本軍を思わせるガスマスク
手には大型の手榴弾を思わせる噴霧器
「猛毒ガスの出番や」
隊員全員、部屋から退避
その前を大将がのっしのっしと部屋に進む。
「ええか、しばしの別れや」
と大将のOKポーズとともに締められる鉄のドア
真夏の日差しの中、ぽたぽたと汗を噴出しながら玄関先で待機する僕ら隊員
時折、ドアごしに
「ジュボッ ジュボッ」と大将が毒ガスをまく音が聞こえてくる。

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<実際に大将が使ったガスマスクと噴霧器>

「終わったで。ワシらの勝利や」
「やったー、やったー」
「あとは、明日、掃除や掃除」





そして、翌朝
ドアを開けた隊員が悲鳴を上げる。
「床一面、真茶色、です」
大将の毒ガスに倒れた敵の哀れな姿
その数、一万はくだらないだろう。
「ぐっしゃ」
「こら、踏むな、敵の油が回りに飛び散る」

敵軍の兵士の亡骸をすべてビニール袋に詰め終えたのは夕方
いつもの様に大将のトラックの助手席に僕は乗り込む。
「なあ、今日と昨日でワシら何匹、ゴキブリ殺したやろ」
「多分、うん万匹でしょうね」
「ほんまに、言葉どおり殺生な話や」
「そうですよねえ、彼らにとって居心地のいい場所だったわけですから」
「そうや、あいつらには何の罪もない。うわっ! 長塚はん、あんたの頭の上に一匹乗っとるで」
「ぎゃっ」
「うそやうそや」
「そやけど、これだけゴキブリ殺したんや、ワシらは一生、あいつらの子供や孫に恨まれるやろなあ」
「そうですねえ」
「お払いでもせなあかんな」
「そうですねえ(笑)」

<後日談>
ここまでのお話はもちろん事実ですが、ここからの話もまた事実。

茶色い闘いを終えたその日の夜中、強烈に左脚が腫れてうずいて一睡も出来ず、朝、近くの総合病院へタクシーで。
てっきり通風かと思っているとお医者さんが言うには「これだけ脚全体がぱんぱんに腫れて炎症を起こしているのは通風ではなく『ばいきん』が入っている可能性が高いですね」
熱を測ると38度5分、そして普段110位の血圧は何と、168!
「すぐに入院した方がいいですね?」
結局、入院は五日。
入院中、様態を見に来きたお医者さんが聞く。
「どこか、不潔な場所に行きましたか?」
『はい、アース製薬ゴキジェットプロを噴射しながらゴキブリを殺戮し……』
と言いかねて、ちょっと待て、じゃ、他の隊員は……。
全員にTELをしたが、どの隊員も元気だと言う。
当時の現場を振り返る。
大将含め、僕以外の隊員は長袖の分厚い作業服にマスク、ゴム手袋、長靴、帽子。
僕はと言えば半袖のTシャツにジーパン、スニーカー。

「なあ、長塚はん、わしらは今日、今から殺生をする。どうせ殺生をするからには本気で殺生せなあかんで」
初日の朝、暑いからイヤだとマスクを受け取らなかった僕に大将はそう言った。
僕は大将の言う本気で殺生と言う意味はてっきり「せめて確実に殺してやれ」だと勘違いをしていた。
大将の言いたかった本気で殺生とは「この仕事を見くびるな」と言う事だったのだ。
「お払いをしなかった」でもなく「ゴキブリの子孫のたたり」でもなく「汚い仕事?いいですよ。ライターとしての経験値が増しますから何でも手伝いに行きますよ」と物見遊山の軽い気持ちで出向いた僕にだけ当然のごとくこんな結果がむさぼりついたわけだ。


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<入院3日目、これでも腫れは半分にひいた>


「どや?」
毎日、見舞いに来てくれる大将。
「ほお、だいぶ腫れも引いたな」
「すみません、僕の不注意で……」
「まさかなあ、こんなになるとはなあ、がはは。ほい、お見舞いや」

笑う大将の手にはマスクと長靴


<完>

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